【古尾谷 裕昭】50歳未亡人が絶句…夫の急死後、「前妻の子」から突如届いた「内容証明」の驚きの中身
最愛の夫をある日、突然の病で失った芳美さん(50歳、仮名=以下同)。悲しみに暮れるなか、前妻の子から届いた内容証明郵便を見て絶句してしまった。気になるその内容とは……。相続にくわしい税理士の古尾谷裕昭氏が事例をもとに解説する。
【この記事の登場人物】
佐藤 博(享年58歳):被相続人
佐藤 芳美(50歳):博の後妻。博の相続発生時の配偶者
朋子(60歳):博の前妻
慶太(30歳):博と朋子の子ども
莉子(20歳):博と芳美の子ども
夫の突然死、恐れていた相続問題が…
不動産会社の社長である佐藤博さん(享年58歳)が亡くなったのはお盆を過ぎたあたりのまだ残暑厳しい時期のことでした。
交差点で信号待ちをしていたときに、信号が青になっても、クラクションを鳴らしても動かない車を後続の運転手が不審に思い、車内を覗いてみると、博さんがハンドルにかぶさるようにして倒れていたといいます。
すぐに緊急搬送されましたが、妻の芳美さん(50歳)が病院から連絡を受け、急いで駆け付けたときには博さんはすでに鬼籍の人となっていました。死因は心筋梗塞。
中古マンションの仲介案件が成約したので、その後の手続きの指示のため、会社に電話を入れたのが博さんと芳美さんの交わした最後の会話となりました。
車はサイドブレーキがかけられた状態だったとのことで、おそらく、体の異変に気づいて咄嗟に停止させたのでしょう。最期まで周囲のことを考えて行動していた夫を思うと芳美さんは涙が止まりませんでした。
芳美さんは博さんとの結婚が初婚ですが、博さんは再婚でした。
博さんは芳美さんと出会う前、現在の会社を立ち上げる前に、不動産会社の従業員として勤務していた頃、当時婚姻関係にあった前妻の朋子さんに、マイホームを買おうと頭金として一生懸命貯めていたお金を持って駆け落ちされてしまったのです。
結婚して5年。それだけではなく、目に入れても痛くないほどかわいがっていた当時3歳の一人息子の慶太くんまでも連れ去られ、博さんは憔悴しきっていました。
それから何か月か経って、朋子さんと慶太くんの居場所がわかりましたが、その時には朋子さんのお腹の中に駆け落ち相手との子どもがいました。「訴えることもできますよ」と相談していた弁護士に言われていましたが、博さんにはそんな気力は残っていませんでした。
朋子さんのお腹の子は博さんの子どもではないため、父子関係はないとする嫡出否認と離婚の手続きだけを済ませました。とにかくこのことを考えたくなかったからです。
前妻との件があってから博さんは仕事に没頭しました。そんなときに芳美さんが転職してきたのが2人の出会いです。芳美さんが、仕事のできる博さんを好きになるのにそう時間はかかりませんでした。
ほどなく2人は結婚し、共に現在の会社を立ち上げ、従業員が20人もいる立派な会社に成長させます。2人の間には莉子ちゃんも生まれとても幸せでした。
でも、いつも芳美さんには気がかりなことがひとつありました。それは、博さんに万が一のことがあったときのことです。
博さんが亡くなった場合、相続人となるのは、
・配偶者である芳美さん
・博さんと芳美さんとの子どもである莉子ちゃん
・前妻の朋子さんとの子どもである慶太くん
の3人となります。
請求された「遺留分」の金額はなんと…
芳美さんとしては博さんの会社の仕事も手伝っていますし、博さんが財産を築くことができたのは芳美さんの協力があってこそだと考えています。しかも、前妻の朋子さんはお金を持って逃げたのですから、芳美さんはこれ以上、博さんの財産が朋子さん側に渡るのが許せなかったのです。
芳美さんは、とうとう意を決して博さんに自分の気持ちを伝えました。「遺言書を書いてほしい」と。それを聞いた博さんは一瞬戸惑った表情を見せましたが、遺言を書くことに同意してくれました。
よく使われる遺言の種類には、公正証書遺言、自筆証書遺言、秘密証書遺言という3種類があります。その中で博さんは法的に無効となる確率が一番低い公正証書遺言で作成することにしました。
公正証書遺言は、公証人が本人の意思を聞き取りながら作成し、最後に本人が内容に誤りがないことを確認して署名捺印します。偽造や紛失の心配がなく、法的に有効な遺言と扱われる可能性が極めて高い遺言です。
博さんは、会社の株式と現在住んでいるマンションを芳美さんに、預金を莉子ちゃんに相続させるという内容の遺言書を書き、全財産が2人に渡るようにしました。
そのような遺言書を書いたのは、博さんが亡くなる1年ほど前のことです。芳美さんは、夫を突然失ってつらい心中にありがなら、あのとき遺言書を書いてもらってよかったと思ったのでした。
博さんの葬儀、初七日も終わり、顧問税理士と相続税申告のための打ち合わせが始まりました。慶太くんへ、博さんの死亡に伴い相続人となること、遺言書の存在と内容を通知し、あとは相続税申告と財産の名義変更などの手続きを粛々と進めるだけだと考えていました。
そんな中、一通の内容証明郵便が届きました。それは、慶太くんから遺留分侵害額請求権を行使するという内容の手紙でした。
遺留分侵害額請求権とは、全て被相続人の書いた遺言書通りで1円ももらえないのは、あまりにも相続人の期待を裏切ることになるため、一定の相続人に認められた遺留分(最低限取得できる相続財産)を請求する権利です。
遺留分は配偶者と子が相続人の場合、相続財産全体の1/2の金額に各人の法定相続分を掛けた金額となります。遺言書により遺留分を害された相続人は、財産を相続した人に対して遺留分に相当する金銭の支払いを求めることができます。
顧問税理士からは事前に遺留分についての説明を受けていましたが、芳美さんは納得がいきませんでした。当事者同士の話し合いでは折り合いがつかなかったため、慶太くんは家庭裁判所に遺留分侵害額請求の調停を申し立てました。
博さんが亡くなったときに所有していた財産の額は、会社の株式(評価額5,000万円)、マンション(評価額7,000万円)、預貯金(4,000万円)でしたので、慶太くんが請求できる遺留分の金額は2,000万円になります。
会社の株式:5,000万円
マンション:7,000万円
預貯金:4,000万円
合計:1億6,000万円
1億6,000万円 × 1/2 × 1/4 = 2,000万円(慶太君の遺留分)
朋子さんが駆け落ちしたときに持ち逃げした倍の金額です。慶太くんに罪はないけれど……。芳美さんはしばらく放心状態になってしまったと言います。